偶然ですがレールが画面に


かつてのシンセン駅構内(広東省・中国)
 英国直轄植民地(いわゆるクラウンコロニー)であった頃の香港と中国本土とを結ぶ鉄道のレールです。 このあたりの鉄道が布設されたのは、阿片戦争(1840〜42)の結果香港が英国に割譲された後の、1911年です。
少し引用します
1898年に当時香港を統治していたイギリスと、中国を統治していた清国政府との間で鉄道敷設権が取得され、九龍〜広州間の178.7kmが建設される。 英中の協議により、羅湖にある深圳河の国境を境に、香港側(九広鉄路 (英段)KCR British Section)の35.5kmはイギリス政府が、中国側(九広鉄路 (華段))の143.2kmは清国政府がそれぞれ建設を担当した。1911年に九龍〜広州間が全通した。
Wikipediaより
 そうか、清朝が滅亡した辛亥革命のその年のことだったのか。 日本で東海道本線が全線開通したのが1889年(明治22年)だったはずなので、案外新しいことになります。 しかしこちらは植民地ではありますが、標準軌です。 さすがに直轄植民地であるからなのか、香港や中国に対する英国の支配意欲の高さゆえなのでしょうか。 
 標準軌というのはレールの間隔(幅)が4フィート8.5インチ=1435mmのやつで、日本で言えば新幹線と主に関西の私鉄が採用している規格です。 これに対してJRをはじめとして日本の在来路線の大半は、狭軌といって間隔が3フィート6インチ=1067mmで、これには経済力の弱い途上国での鉄道普及向け、あるいは安上がりな植民地向けの簡易な鉄道規格だった、という二つの説があります。
 つまり、香港から中国本土に向かうこのあたりでは、フル規格で鉄道が整備されたことになります。 
写真では錆びかかったメンテナンスの悪そうな線路にしか見えませんが、世界的にみても重要な幹線といえそうです。 見た目以上に骨太な鉄路を目の当たりにした思いです。

 

 


バーミンガム近郊(バーミンガム・英国)
 鉄道発祥の地、英国のそのまた産業革命の中心地でもあったとされる地域です。 イングランド中央のバーミンガム付近のレールを撮ったものです。 遠方に見える市街地がバーミンガムになります。 この路線はストラットフォード方面からのいわばローカル線で、電化していません。 架線も第三軌条も見当たりません。 乗ってきた列車も古びたディーゼル車だったと記憶しています。
 レールとレールの間が黒く汚れているのは、ディーゼルカーの往来をうかがわせる特有の状態といえます。 機関から漏れる軽油などの影響と思われます。

 英国は世界でも屈指の路線網を誇るまさに鉄道王国です。 しかし、このように大都市近郊でも非電化の路線を結構残しています。 日本のように近代化イコール電化とは単純に考えていないようで、路線の電化より車両の改良に力を入れているように思えました。 幹線をはしる都市間特急として有名なインターシティーでも、機関車をガスタービン機関車とすることで性能アップをはかるような例があります。 これで時速200kmくらいを実現しています。 ローカル線でも標準軌のしっかりした施設でした。 線の太さを感じさせる交通網、社会資本という印象でした。 

 

 

 

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