アヘン戦争以来の歴史に圧倒される


【広州(こうしゅう、コワンチョウ。Guangzhou)】
中華人民共和国南部広東省の省都であり、華南地区全体の行政的中心でもある。 人口約713万人。 ただし流動人口が約300万程度と推定され、実質の常住人口は約1,000万人とみられる。 北京、上海に次ぐ中国第3の大都市。
アヘン戦争中の1841年では一時英軍に占領され、1911年には孫文が広州蜂起を行い、辛亥革命の先駆けとなった。 孫文は1921年越秀山南麓で中華民国大総統に就任し、広州が中華民国の臨時首都となった。 孫文没後、蒋介石の国民党は共産党と分裂し、1927年共産党は広州コミューンを樹立したが、間もなく国民党軍の侵攻を受けた。

※租界(そかい, foreign settlements)
行政自治権や治外法権をもつ外国人居留地。 阿片戦争後の不平等条約により中国各地の条約港に設けられた。 最も有名なものに上海の共同租界やフランス租界があるが、近代中国における列強の半植民地支配の拠点であった。
(Wikipedia)

 

 写真は広州にかつて存在した英仏租界のあった場所です。 現在でこそ異国情緒のある雰囲気のよい観光地として紹介されていますが、歴史を読めば中国の屈辱の履歴と重なる証拠がそこに建ち並んでいます。 事情を知らなければ温暖な気候ともあいまって明るい観光地でいいのでしょうが、川と運河で仕切られた島になっていることなどで、このような歴史に気づく方も多いと思います。

 

 

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