中国の川には生活臭が充満していた



珠江 (中国・広東省)
 夕暮れ時の写真です。 中国・華南地方の中心都市で 「食は広州に在り」 で有名な、広東省、広州市内です。町の中心を西から東に向かってゆったり流れる珠江を夕暮れに撮ったものです。 写真中央に聳えている建物は白天鵞賓館というホテルです。 ホワイトスワン・ホテルと言っていた。   このホテルは、改革開放政策がはじまって早速建てられた近代的な設備を誇る市内随一の規模と格式のホテルですが、建っている場所、すなわちロケーションが抜群によい。 沙面島の川沿いに建っている。  もともと広州という街は、珠江に沿って開けた街なので、街の中心はなんと言っても川沿い。 そうした川沿いのなかでも沙面島というのは、その名のとおり川と運河に囲まれた島で、かつて英仏租界の置かれていた異国情緒のあふれる場所です。  中国の都市が近代化を経験したのは、不幸なことですが外国の租界が出来たのが始まりだった、そんな歴史があります。 天津も上海も、青島も大連もそうです。 香港は租界どころか英国に割譲されてから出来たという生い立ちです。  そうした歴史の中心的な場所に近代的なホテルが建てられ、主に外国人の観光客を迎え入れている。 なにかその構図はかつてと共通するものを感じます。 写真で川面は暗く写っていますが、ここもかなり大きな船舶が行き来する貿易港でもあります。 写真でいうと右手が下流なのですが、ここから下ること数時間で香港です。   写真を撮ったあくる日、この近くの埠頭からフェリーで香港にくだりました。 途中にはアヘン戦争の激戦地であった虎門水道もあります。 めざましい経済発展を遂げた今日、この場所がどういう風景に変化しているのか、知りたい気もします。

黄埔江と蘇州川(中国・上海)
 あまりにも有名な上海の風景です。 撮影時点が古く、現在のこの場所とはすこしかけ離れていると思います。 1986年のお正月の写真です。 カメラを構えた場所は、これまた有名すぎるブロードウェイマンションの部屋からです。 上海大厦といも呼ばれる建物です。   当時でも上海は中国最大でかつ最新の街でした。 東京より大きい(人口が多い)街というのを見てみたくて職場の先輩を誘って訪れてみたのです。   正面にかかっている鉄の橋が有名な外白渡橋。 手前が蘇州川、橋の向こうが黄埔江という位置関係になります。 まさに大都会上海のど真ん中です。  川を流れる水の汚れ具合も、行き交う船の数も、大都市の胎動を感じさせる活気みなぎる川の表情です。 画面遠くに上海の顔でもあり、外灘(ワイタン)またはザ・バンドと呼ばれる川沿いの風景が広がっています。 この頃までのこの場所は租界のあった60年前とさほど変化していない。 そう地元の年輩の方に日本語で教えられました。  外白渡橋の少しさきに、黄埔江の渡し船が通っていて、試しに渡ってみました。 対岸は埔東地区とよばれています。 現在は上海の新しい中心地として、近代的な高層ビル街ができているところです。 しかし、この頃はまだ工場が数件とバス乗り場、その先は田んぼが広がっていました。 黄埔江は舟運があるので、うっかり橋がかけられません、そんなわけで都心の目の前なのにたいして開発されすにいたのです。  桁の高い橋がかかり、地下鉄が開通していよいよ新都心の建設がはじまった、これは私が写真を撮った10年後からのことです。 そんな意味では貴重な風景写真ということもできるかもしれません。 私の写真がこんなに早く貴重品になるとは思いませんでした。

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