←TOPイメージ 現在のところ "最新鋭機" エアバスA380の主翼とエンジン

 



 

 

 

スピードでは文句なしのトップバッター(2)

 特別な意図はありません。 速いものからいってみたいと思います。
何の変哲もない機体〜、今では絶対に見ることのできないレアものまで、私が出くわした範囲で、記録に残っているものをご紹介します。 


ロッキード・L−1011(日本・成田)
今はもう引退? トライスター。 夏休みがまともにとれないことがあって、その代休として半端な時期に一週間の休日がころがりこんできた。 そのとき、急に思い立ってマニラへ行ってきました。  急な思いつきなので予算がない。 一番安いチケットで、すぐ予約の入るのでいい。 そう旅行社に言ったら、成田を夕方発つユナイテッドのチケットが送られてきた。   成田でさっそく値段の安い理由に直面しました。 2時間遅れなんだそうだ。 この便は始発が米国のデンバー。 そしてロスアンジェルスを経由して太平洋を横断。 東京経由で、最終目的地はマニラ、という便でした。  空港で聞いたところでは、ロスアンジェルスを飛び立った時点ですでに1時間半遅れていて、さらに太平洋上でジェット気流に押し戻されて成田で2時間の遅れとのことだった。  だからうんとディスカウントしないと売れないのだろう。 まあいい、その日のうちに着くなら、と思っていたら、到着したときは日付が変わっていた。 なお、帰りはその反対便で、朝一番のマニラ発でした。 なるほど。  2,3日気晴らしが出来ればそれでいいと思っていたので、私は気になりませんでした。  遅れが嫌なら同じ値段でPIAがあるとは聞きました。 これはパキスタン・インターナショナル。 東京/マニラ/バンコックかどこか/カラチのルートで飛んでいるという。 東京が始発だから遅れはない、しかし週2便しかないので曜日が合わなかった。  ロッキード・L−1011というのが写真の機種の正しい名称。 トライスターとも呼ばれている。 こいつを全日空が導入するときに、採用の可否をめぐって政府高官や国会議員にロッキード社からワイロがあった、という疑獄事件がありました。 ロッキード事件です。 そんなことで日本では不名誉な形で名前が知れ渡りました。 それがこの機種です。  しかし、航空機としてはロッキード社がジャンボに負けまいと社運をかけて開発した優秀な機体だと専門家は評価しています。  利用者の立場で言いますと、私はこの飛行機が好きです。 とくに真ん中の4列が気に入っている。 4列の中央に手荷物を置けるくらいの余裕があって、4列というより2列×2といったほうがあたっている。 つまり幅に余裕があるのだ。 食事のときや眠るときに4列のところは肘掛をしっかり使えた。 これはほんとに助かります。  ただし、機体の後ろに巨大なエンジン(第三エンジンが)埋め込まれているので、後方の席は騒音がうるさいのでご注意を。 そんな感じでしょうか。  その後、ボーイングやエアバスといったライバルから、もっとリファインされた機種が続々と出てきたせいもあり、惜しまれながらも製造が打ち切られ、いまではめっきり姿を見なくなった。  残念な気がします。

 


ホーカー・シドレイ・トライデント(中国・南寧)
文化財に搭乗した気分でした。 写真の飛行機は、滅多に乗るチャンスがない機種だと思います。 ホーカー・シドレー・トライデント と言います。 英国製のジェット旅客機です。  中国の南寧から広州に向かう路線でした。 多分今は引退しているはずです。  中国という国は、世界中のあらゆる国から飛行機を購入していた時期があります。 しかも古いプロペラ機から最新のジャンボまでごちゃ混ぜに運行していたので、中国国内の空港に行きますと、さながら航空博物館の様相でした。  北京空港でも707型と747ジャンボという新旧ボーイングがならんでいたり、旧・ソ連製の軍用機にペイントだけやり直したかのような、名も知らぬ無骨な機体まで見かけました。  このトライデントは、製造元の英国本国の航空会社のほかは、中東向けの輸出実績がほとんどで、それが中国に転売されたものがかなりの数あるという情報でした。 おまけにもともと古い飛行機です。 そんなわけで、文化財的な価値もそろそろ出てくるんじゃないだろうかとさえ思ったほどです。 そういう事情を連れの友人が知っていたので、これに乗り込むときには緊張しました。  小さい機体です。 内部はボーイングの737と同じようです。 100人ちょっとの座席数だったと思います。 機体後部に3発のかわいいエンジンを着けていて、離陸の際は騒音がすごかった。 しかし旋回するときの傾き方は小型の機体に特有のもので、いかにも飛行機に乗っている気分が味わえました。   写真の右の方角に、ミグの戦闘機が銀色の機体を並べていました。 軍民共用の飛行場なのです。 中越国境が近いのでこうした場面に遭遇しました。 離陸の寸前まで解放軍の兵士が見守っていたのもそのことと関連があるのでしょう。  国内ではなかなか出会えない光景でした。

 

 

 

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