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2004.11/16

プラットホームの洗面台

 子供のころから親しんだ沼津駅のホームには洗面台があります。
 古きSL時代にはどこの駅にもあったのだろうと思います。 ススで汚れた顔や手を洗う施設です。 沼津駅は東海道線の主要駅のひとつだったので当然洗面台はあった。  しかし、SLが姿を消して久しい今日なお、プラットホームに鎮座している。
  上り下りのホームにそれぞれ2箇所づつと御殿場線ホームに1箇所。  1箇所あたり4面のシンクと鏡からなるものだ。

 もとより私自身東海道線をSLが疾走していたころは生まれてもいないので知る由もありません。 それでも御殿場線では昭和41年頃までSLがあったので乗車したこともある。
  この洗面台、少年時代のおぼろげな記憶ではタイル張りでシンク部分がホーローびきのつくりだったと思う。  これが現在は5箇所ともオールステンレスのタイプに切り替わっている。 このリニューアルはどのように考えてもSLが姿を消してからのことで、何のためにリニューアルしてまでも存続しているのか?  疑問である。
  だいいち、そこで洗顔している人を見たことがない。 赤ちゃん連れの人などはちょとした洗いものに利用するかもしれないが、なにもホームでという気がするし、ホームに2箇所も必要か? という疑問がのこる。  他の主要駅がどうかについては、あまり注意して見ていないのでわからない。

 それにつけても全国に先駆けて湘南電車がはしり無煙化した(昭和29年のはず)その駅に、いまもって利用されることの少ない洗面台がリニューアルされて存続していることに “奇異” な印象をもっている。   駅を毎日利用する人たちはなんとも思っていないのだろうか。  機会をみて事情を聞いてみようと思っている。


2005.3/1

湾曲プラットホーム

 浜松駅のプラットホームは大きく湾曲している。  つまりカーブの途中がホームになっている。 平行する在来線も同じ。

 
浜松駅の湾曲したホーム

 私は鉄道工学の専門家ではないので詳しい解説はできないが、 レールの上をはしる鉄道は、カーブではカントといって左右 (カーブの内と外) のレールに高低差をつけてある。  これによって、車輪とレールの接する位置をずらして左右の車輪の外周差がついて滑らかかつ安全に曲がれるしくみになっている。 安全な運行のためには設計された速度で通過することが条件の一つになっているはずです。 だからカーブ区間にプラットホームを作るのは望ましいことではない。

 街の成り立ちなどからやむを得ずそういった例外的なつくりかたになりケースはあるのだろう。  浜松の場合、在来線の旧・ホームはもっと急なカーブを描いていた。
 このような例は、決して少なくないようだ、同じ新幹線では熱海駅が該当する。  また山手線の渋谷駅のカーブも有名だそうだ。  “ホームと電車が離れているところがあります、お足許にご注意ください”  などとアナウンスが流れる駅も曲がっている。  狭い日本だからこのような変則プラットホームの発生は仕方ないのかもしれない。 東京駅などのように、開業当初はいざ知らず、度重なるホーム増設のためにホームの両端にカーブのかかった駅も多い。  乗降客の安全確保の観点からいえばこれもやむを得ぬ欠陥構造の一つといえるかもしれません。  私はこんなことにずいぶん長い時間かけて考えることが多い。


2005.11/29

文化財・近鉄宇治山田駅

 名古屋からおよそ80分で宇治山田駅に到着します。 
降り立ったホームは地上3階その段階ではそれと気づかないが、2階の改札付近から尋常でない雰囲気に気づきはじめる。 古いががっしりとした骨太なつくりの駅なのだ。 そして駅を出て振り返るとこの姿が眼に飛び込んでくる。 私鉄の田舎駅とはとうてい思えぬ規模と豪華さである。 そして駅を出て振り返るとこの姿が眼に飛び込んでくる。 私鉄の田舎駅とはとうてい思えぬ規模と豪華さである。 

 もう一度駅構内に引き返す。 古い建築物で柱は太いが、その間隔が大きい。 伊勢神宮の参拝客をさばくためにこのようなゆったりした設計になっているのだろう。 吹き抜けの高い天井に明かりがついているが、むやみに豪華でなく、シンプルなものだと感じる。 伊勢神宮の日本建築と不釣合いを生じないよう、工夫したのでしょうか。

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 ネットで少し調べてみました。 
この駅は昭和6(1931)年完成。 設計者は、建築家 久野 節。 この年に東武浅草駅、前年の昭和5(1930年)に南海電鉄・難波駅の設計も手掛けている。 これら二つの駅はそれぞれ当時の東京、大阪で一番の繁華街を擁する中心に、高層の百貨店を兼ねた巨大な建築物である。 浅草は松屋、難波は高島屋だったと思う。 

 


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